整えていくということ
これまで私は、社長として──いや、社長であり、管理者であり、現場のヘルパーでもある「私」という視点を通して見えた感覚や気づきを、「生の声」として記事にしてきました。
自分の感性に触れながら、そこで得た気づきを言葉にしていく。
それが誰かのヒントになるのならと、そう信じて、続けてきました。
でも最近ふと、記事を書くたびに思うようになったのです。
「私は何を伝えたいのか?」「これは本当に伝わるのだろうか?」と。
その感覚は、書くたびにじわじわと膨らんでいきました。
だから一度、自分に立ち戻って考えてみることにしたのです。
そして今、私がやろうとしていることは――“整える”ということ。
整えるとは、自分を取り繕うことではなく、
伝えたい声を、よりクリアに、まっすぐに届けるための準備。
その先に、「ちゃんと伝わった」と感じられる瞬間があるのなら、
それはきっと、私が言葉を続ける理由になるはずです。
社長としての役割──“俯瞰して整える”という姿勢
私が社長として大切にしていることの一つは、
目の前の出来事にそのまま飲み込まれず、全体を俯瞰して見ることです。
現場で起きること、日々動いている人の気持ち、数字や流れ。
それら一つひとつに丁寧に向き合いながらも、
常に「全体のバランスはどうか?」「この流れの先に何があるか?」と考える視点を忘れないようにしています。
特に、不安や混乱が生じたときほど、組織としての重心がどこにあるかを見極め、
必要なところに手を入れて、整えていくことが私の役割だと感じています。
そのためには、ときに少し距離を取って、全体の流れや兆しに目を向けること。
目の前だけに囚われず、少し先の未来を見据えること。
それが私の担う「俯瞰して整える」という姿勢であり、社長としての責任だと思っています。
現実と向き合ったあの日から──34歳の社長として揺れながら歩む
4年前、代表を継承して間もない頃、私は経営の厳しい現実と向き合う出来事に直面しました。
そのときの言葉や経験が、今でも糧となり、今の私を形作っている。そんな小話をひとつ。
継承して半年ほど経った頃、ある方のご厚意で、訪問介護事業所を訪問させていただいたことがありました。
その場で出会ったのは、初めてお会いする、同じく訪問介護事業を経営されている方。
第三者であるにもかかわらず、私の話に真剣に耳を傾けてくださり、親身に言葉をかけてくださいました。
その中で、経営やお金について問われ、私は自分なりに、当時の精一杯の言葉で答えました。
けれど、その方は静かに、こんなふうに言いました。
「君のお母さんはすごい人だ。でも、君の会社は持ってあと3ヶ月くらいかもしれないよ。
君の何に、人は着いてきていると思う? よく考えてごらん。
みんな、自分が一番なんだ。お金がなければ、人はついてこないんだよ。
社員さんたちがもし路頭に迷うことがあったら、うちの事業所で引き受けるから、安心してね。」
そのときの私は、言い返す言葉が見つかりませんでした。
悔しいのか、情けないのか、自分の無力さを突きつけられたようで
私はその場で、ただただ泣くことしかできませんでした。
一部の人にはこの話をしたことがあります。
多くの方が、私の代わりに怒ってくれたり、慰めてくれたりしました。
けれど私は、その時の現実を認めざるを得ませんでした。
当時の私は、何も持っていなかったからです。
経営の知識も自信もなく、その方の言う通りになるのではないかと、不安に飲み込まれていました。
それでも、周りの人たちの反応や言動を見て、心の中で何かが奮い立ちました。
「このままじゃいけない」「心まで負けてはいけない」と。
悲しみを原動力に変え、必死に奮闘したことを覚えています。
“そうならないように”と。祈りのような、願いをこめて。
今振り返ると、あの出来事が今の私を支えている部分は大きいです。
おそらく、もう二度とあの方に会うことはないでしょう。
それでも、その言葉と出会いには感謝しています。
もし、あの瞬間がなければ、今の私はいなかったかもしれないからです。
今でも人の言葉に揺れることは、たくさんあります。
私はそんなに強くありません。
でも、強くなろうともしていません。
人はあくまで人で、私にきっかけをくれる存在です。
壁を作るのも自分なら、そこに扉をつけるのも自分。
乗り越えよう、ぶち壊そうと考えるのではなく、
「通るにはどうするか」だけを考えるようにしています。
だからこれからも、人の影響を多大に受けながら、
自分の半径を少しずつ更新し続けていきたいと思っています。
今までの自分と、これからの自分は別ものなので。
そんな私もふと、過去の選択を悔やむこともあります。
でも、過去には戻れませんし、やり直すこともできません。
だからこそ、私は「今」にフォーカスします。
「今を真摯に生きる」――これだけで自ずと道は開けると信じています。
支え合う組織へ──“依存”から“自立”へ
今、少しずつではありますが、社長就任から思い描いていた理想が、形になり始めているのを感じています。
それは会社の方向性であったり、スタッフたちの動きであったり。
ゆっくりではあるけれど、「育ってきた」と思える場面が、少しずつ増えてきました。
この実感は、社長としての視点だけでなく、これまで現場に立ち続けてきた私だからこそ持てるものだと感じています。
とはいえ、現場には明らかに人手が足りていませんでした。
私自身、「自分がやればいい。それが組織のためだ」と本気で思っていました。
そして、実際に「社長がいるから大丈夫」という安心感を、周囲に与えてしまっていた。
その当時は、それが最善だったと思いますし、必要だったので後悔はないです。
けれど今、私は諸事情により現場に立つことができない状況になり、
その中で私自身の心情にも、大きな変化が生まれました。
「社長がいるから大丈夫」は、裏を返せば「いなくなったら困る」につながってしまう。
役割としても「社長」なのに「ヘルパー」「ヘルパー」なのに「管理者」と
自分でも役割が多すぎて判断に迷いがでたり、周りも判断に困ることもあったかと思います。
そしてそれは、一時的な安心はあっても、健全な会社の姿とは言えません。
社長として本来あるべき姿は、私がいなくても現場が回る環境をつくること。
現場を「回す人」ではなく、あくまで「支える立場」であること。
その視点を、私自身が強制的にでも持たざるを得ないフェーズに入りました。
「できないこと」をきっかけに、「じゃあ他にできることは?」と視点を変える。
現場からではなく、外側からサポートすること。
その新しい視点は、私の中で確かな転機になっています。
そして、そんな私の変化を、社員さんたちも受け止め、順応しようとしてくれています。
それぞれが、自分にできることを持ち寄りながら、
無理のない範囲で工夫して現場を支えてくれています。
“誰かに頼る”ことが悪いわけではありません。
でも、それは「自立」ではなく、「孤立しないための支え合い」であってほしい。
自分にできることをそれぞれが持ち寄りながら、
必要なときには仲間と手を取り合い、
言葉や知恵を交わしながら、共に乗り越えていく。
そうした関係性が、少しずつ育ってきているように感じます。
“私がいなければ”ではなく、“私がいなくても大丈夫”。
そして、ゆくゆくは──“私がいたら、もっと心強い”。
そんな存在として、私だけでなく、社員一人ひとりがその心境であれば、
きっともう、怖いものなんてないのだと思います。
これからの展望──“歩幅”と“責任”のはざまで
私は今、「今あるものを大切にしながらも、新しい挑戦をし続けたい」と強く思っています。
現状に甘んじることなく、でも今ある関係性や流れを壊すことなく、変化と進化を両立させたい。
この両立には、とても繊細な舵取りが必要です。
変化には痛みが伴うこともあります。
変わることは怖いし、不安もある。
だからこそ、着いてきてくれている社員さんの歩幅に、できる限り合わせたいと思う気持ちが、私には常にあります。
けれど、経営というのは、ただ“優しいだけ”では成り立ちません。
歩幅を合わせすぎてしまえば、結果としてチャンスを逃したり、会社の力が鈍ったりしてしまうこともある。
そのとき、最終的に責任を担うのは誰なのか?
それは、社員である皆さんではありません。
経営者である私です。
だから私は、今後は「想い」と「責任」の両方を背負いながら、
たとえ反発があったとしても、自分の決断に誇りを持って、前へ進むことを選びたいと思っています。
“合わせない”という選択には、冷たさではなく、覚悟と責任が伴います。
「こうしたい」「これが必要だ」と信じたことを明確に示し続けることで、むしろ信頼を築けると私は信じています。
誰かに合わせた結果、後悔するくらいなら、私は自分の意思で選んだ道を進みたい。
その結果が間違いだったとしても、責任を引き受ける覚悟が私にはあります。
これからも私は、信念を持って、自分の選択を重ねていきたいと考えています。
スタッフの皆さんへ──“個”として輝くあなたへ
私という人間についてくるというのは、きっと簡単なことではなかったと思います。
戸惑うことも、驚くことも多かったでしょう。
実際、喧嘩のように意見をぶつけ合ったこともありましたね。
年端もいかない私の提案や発想に、困惑した方もいたと思います。
それでも、今まで着いてきてくれて本当にありがとう。
そして、これからの私は、もっと強く、信念を持って進もうとしています。
だからこそ、今このタイミングで、伝えたいことがあります。
私という個を軽んじ、悪い影響にばかりに目を向けて、自分の影に身を潜めてしまうのは、正直に私はカッコ悪いというか、勿体ないと思っています。
私が皆さんに望み、期待するのは、「これが私なんだ」と自覚したうえで、
いい面も悪い面も含めた“自分という存在”を組織に活かすことです。
たとえば、自分の強みを知ることで、どう活かせるかが見えてくる。
そしてその強みが時にマイナスの影響を与えるなら、それも知っておくことで調整ができる。
自分をよく知ることで、他者との関係性も、より良いものにできると信じています。
私がいなくても大丈夫。
そのさらに先に、「私がいたらもっと心強い」と感じてもらえる存在へ。
それは、私だけでなく、あなた自身が、そんな存在であるということです。
「どうせ私はこうだから」と、勝手に自分を見限らないでください。
“私という個をどう活かすか”という視点を持って、自分自身の影響力を俯瞰してみてください。
すでに、あなたはこの場所に受け入れられているし、もう許されている。
だからこそ、堂々と、自分の個性を光らせてほしい。
組織の中で“個”として輝いてほしい。
これは私自身に言い聞かせていることでもあり、お互い様でもあるという事です。
なので、これからとお互いの力を頼りにし合って、共に歩み、共に創っていきましょう。
よろしくお願いします!
まとめ
- 社長としての役割──“俯瞰して整える”という姿勢
- 現実と向き合ったあの日から──34歳の社長として揺れながら歩む
- 支え合う組織へ──“依存”から“自立”へ
- これからの展望──“歩幅”と“責任”のはざまで
- スタッフの皆さんへ──“個”として輝くあなたへ
最後までお読みいただきありがとうございました。
