「継続は力なり」は、三日坊主な私のための言葉だった
初めに言いますね。
私は、とてつもなく飽き性です。
そして、典型的な三日坊主。
ルーティンも反復練習も得意ではなく、同じことの繰り返しはすぐに飽きてしまいます。
「またか」「もういいや」と感じて、気づけば違うものに手を伸ばしている自分がいます。
でもその一方で、自分なりのこだわりや美意識が見つかれば、そこからどんどん深掘りしていく――そんな一面もあります。
つまり私は、「淡々と続ける」ことは苦手だけど、「熱中して続ける」ことは得意なんです。
それがずっと、私の“矛盾”でもありました。
三日坊主に悩んだ私を救った、岡本太郎の言葉
そんな自分の性格に、以前は引け目を感じていました。
「継続こそが力になる」と言われても、続かない私はどうすればいいのか。
どこかで、「続けられない自分はだめだ」と思っていたのかもしれません。
そんな時に出会ったのが、**岡本太郎の『自分の中に毒を持て』**という本です。

その中で出会った、私の心を突き動かした一節。
「三日坊主? 飽き性? それの何が悪い?」
「何かをやりたいと思った“衝動”に突き進んだこと自体が素晴らしい。
衝動は生きている証拠だ。人によって学ぶ時間は違う。その時間が“自分には十分だった”というだけのことだ。
人と違うことを恐れるな。人に合わせるな。」
この言葉に、私は心が洗われたようでした。
「私のままでいいんだ」そう思えた瞬間でした。
それまで、「続けられなかったこと」にばかり目が向いていたけれど、
この言葉をきっかけに、「始めたこと」「夢中になったこと」「もう一度やりたくなること」に目を向けられるようになったんです。
私なりの「継続」とは
今の私は、いわゆる“コツコツ型”ではありません。
だから、毎日欠かさずやるとか、継続日数を気にするとか、そういう感覚はあまりありません。
3日空こうが、1週間止まろうが、1年離れていようが
「やろう、しよう」と思えたときに、また手を伸ばせること。
それが、私にとっての“継続”です。
逆に「辞める、今はやらない」と思ったときは、きちんと主張します。
そして、何も言わないということは、「私はまだやりたい、続けたい」と自分の内側でうなずいているサインです。
だから焦ることが、基本ありません。呑気なんだと思います。
もちろん、人に焦らされることはあります。
「大丈夫なの?間に合う?やる気あるの?」なんて言われることも。
そんな時は、にっこり笑ってこう答えます。
「大丈夫!ちゃんとやるから、任せといて!」と。
そうして言葉にした以上、私はするタイプです。
自分の美学に反することはしないので、そんな自分を知っているからこそ
信頼しているからこそ、私は呑気な自分を許せるのだと思います。
マイペースだからこそ、続いているものがある
そんな私でも、続いていることがあります。
- 一つの仕事に10年以上、熱量をもち続けられている
- 趣味で始めた写真も、気づけば8年
- このブログも、1〜2ヶ月ほど継続中
どれも、無理をして続けているわけではありません。
「やらなきゃ」と義務感というより、「これやろう、こうしよう」と意識的に思えているからこそ、自然と、無理なく続くのかなぁ、と思います。
そして、ここで私はふと思うんです。
継続って、変わっていくことが前提なんじゃないかと。
継続には、変化が欠かせない
始めた時の気持ちと、今の気持ちはたぶん違います。
最初は何の気なしだったり、衝動だったりしたものが、習慣になり、いつしか少し遠ざかったり、また戻ってきたり。
その波って、当たり前だと私は思うんです。
人の心も環境も、時間とともに変わります。
だから、やり方も、関わり方も、感じ方も、変わっていい。
変わることを許せるから、また続けられるんです。
私は「前と違う」ことをネガティブにとらえません。
むしろ「それでもまたここにいる」ことを、大切にしたいと思っています。
継続とは、変化しながら続けること。
色や形を変えながらも、心のどこかに“やりたい”という火が灯り続けていること。
それが、私にとっての本当の継続です。
継続は、他者との関係の中で育つ
もう一つ、私の継続を支えてくれている大きな要素。
それは、“誰かの存在”です。
「読んだよ」「よかったよ」「最近どう?また続けてる?」
そんな何気ない言葉が、私の背中を押してくれます。
見てくれている。
話題にしてくれている。
存在してくれている。
それだけで、私はもう一度「やろうかな」と思える。
芸術もそう。「描きたい」という衝動だけでは、意欲が続かないときもある。
でも、「誰かが見てくれる」からこそ、次へとつながっていく。
継続は、みんなでつくる“力”
「継続は力なり」という言葉。
以前は、自分とは縁のない“真面目な人だけの世界”のように思っていました。
でも今は違います。
継続は、孤独な努力じゃない。
変わっていく私を、まるごと受け入れること。
そして、誰かとつながりながら育てていくもの。
そんなふうに感じています。
私は今でも、飽き性ですし、三日坊主なところも変わっていません。
でも、それでいいんです。
それでも、「続いていること」が、ちゃんとある。
私のペースで、私のリズムで、育っているものがある。
それが、私にとっての“力”です。
さいごに
「継続=毎日続けること」じゃなくていい。
「続けてる=全然変わってない」わけでもない。
むしろ、変化を抱きしめながら、それでも戻ってこれる場所があること。
それが「継続する力」なんじゃないかと、私は思っています。
だから私は、これからも私らしく、飽きながら、サボりながら、時々燃えながら、続けていきます。
「継続は力なり」――
この言葉は、三日坊主の私にこそ、ぴったりな言葉だったのです。
もし「ちゃんと続けなきゃ」と自分を責めてしまうような真面目な人がいたら、
「たまにはサボってもいいし、変わってもいいよ」って、伝えられたらうれしいです。
サボること、変わることに不安を感じるのは、決して弱さじゃなく
それだけ「ちゃんと向き合ってる」という証だと私は思います。
手を抜かない自分、諦めたくない気持ち、責任感。
それはあなたが何かを本気で大切に思っているからこそ、沸く想いなんだと思います。
だから、そんな自分を責めないで。
続けたいと願っている自分が奥底にでもいるのならそれだけで充分なんです。
一度立ち止まったって、遠回りしたって、あたなの中身は何も変わってない。
むしろ、息づいているし、深く深く、根付いているだけなんだよ。
継続はただの形に留まらない。想いが形になるもの。
変わりながらでも、迷いながらでも、また手を伸ばしてみようとする
その自らの意志こそが、立派な継続の力だと私は感じてます。
だから、大丈夫。それはあなただから。
そう、自分でも思ってもらえたら嬉しいです。
まとめ
- 三日坊主に悩んだ私を救った、岡本太郎の言葉
- 私なりの「継続」とは
- マイペースだからこそ、続いているものがある
- 継続には、変化が欠かせない
- 継続は、みんなでつくる“力”
- さいごに
最後までお読みいただきありがとうございました。

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